金曜日の夜、
アメリカのドラマを見たりゲームをしたりして、朝方4時近くなったので、そろそろ寝ようかな?
なんて思ったら、携帯が鳴りました。
こんな時間にだれーー!?間違い電話?と思いつつ出たら
「アレー?ラピスさん、、、なんで出ちゃうんですかー?こんな時間に起きてるんですかー!?」
と久しぶりに聞くY君の声、電話の後ろからも大きな笑い声が、、、
「電話してきていきなりなによー、そっちこそなにしてんのよー」
「いやー当然寝てるだろうから留守電いれておこうかと思ったんですよ、すいません。
今、勇ちゃんと浜ちゃんもいるんですよー。勇ちゃんたまたま日本に帰ってきてるんです。
久しぶりの集合でラピスさんにみんなで留守電入れようってことになって、、。でも出ちゃうんですもん。」
飲み屋で大騒ぎって感じでした。
かつてイカ天という音楽番組がありましたが、そこつながりの3人が飲んでいたのでした。
イカ天で優勝したフライングキッズのボーカルで今もソロで活躍している浜崎貴史と司会をしていた相原勇、フライイングキッズのマネージャーをしていたY君。
イカ天のころ、Y君が私に、
「僕、イカ天出身のバンドのマネージャーをすることになったので、今度のライブ見に来てくださいね。」
と言うのです。
そのときはまったく知らないバンドだし、なんだかイカ天出身のバンドを好きにはなれそうもないかも、、、年齢的に、、、と思いました。
そのときにY君からこんな曲やってます、、と渡されたテープを帰りの車の中で聴きました。
そのときの曲が
「幸せであるように」
曲が終わるころ、私は涙ぐんでました。
感動しちゃったのです。
そのときからフライイングキッズのファンになったのでした。
もちろんライブは喜んで行きました。
そしてもっともっと好きになったのでした。
東京、神奈川でのライブはほとんど見た気がします。
私はそのとき店をやっていたので彼らも何度か来てくれました。
女性ボーカルの子もとってもいい子で好きでした。
当時、うちの娘が小学生だったと思うのですが、ミスターチルドレンの大ファンだったのです。
そのことを知っていた彼女は、私が頼んでいないのに、ミスターチルドレンと競演したときサインをもらってくれて、
「娘さんにわたしてください」
とお店まで持ってきてくれました。
なんていいひと!
あれには感激しました。
真夜中の電話で勇ちゃん、浜ちゃんとも話をして、ちょっと興奮状態の私でした。
六本木でのにぎやかだった時代を思い出しました、、。
携帯占い「夢おむすび」
http://pink-bear.com/omusu/
最近のコメント